Hatena::Grouphakase

Pauca sed matura (ysttの日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-11-22

予算と研究成果の関係

| 20:50 | 予算と研究成果の関係 - Pauca sed matura (ysttの日記) を含むブックマーク はてなブックマーク - 予算と研究成果の関係 - Pauca sed matura (ysttの日記) 予算と研究成果の関係 - Pauca sed matura (ysttの日記) のブックマークコメント

事業仕分けが話題となっている昨今、みなさまいかがお過ごしでしょうか。事業仕分けについては科研費学振がその対象に含まれていただけに、12月の本予算決定まで気が気ではないという人も多いのではないかと思います(私もその一人ですが……)。前回のエントリーに書いたように、競争的研究資金の重複や、過度の集中を見直すことには何の反対もないどころか是非やっていただきたいと思っているのですが、必要な予算まで削られてしまってはたまったものではありません。もちろんなにを持って「必要」とするのかはなかなか難しい問題だとは思いますが、予算に対する成果を一つの基準にして、予算が有効に機能しているかどうかを調べることはできそうです。ということで、簡単ながら予算と研究成果の関係を調べてみました。


科研費論文数の関係

まずはこちらのグラフから。

f:id:ystt:20091122193235j:image

横軸は2004年から2009年までの科研費(直接、間接経費)の合計、縦軸は1998年から2008年の論文数の合計です。研究費と論文数の合算対象期間にずれがあるのですが、厳密な調査でもないので目をつむってください……(というのも国立大学法人化以降を対象としたためです)。単純に論文数を成果とすることには疑問もあると思うのですが、客観的かつ定量的な指針の一つにはなると思います。

グラフからわかるように、科研費論文数には強い相関関係にあることがわかります。ちなみに相関係数は0.984(!)というかなり高い数字となりました。今回使用したデータについては付録の方にまとめてあります。


運営費交付金+科研費論文数の関係

大学の研究予算はもちろん科研費以外もあります。国立大学法人の場合は運営費交付金が収入の大きな割合を占めているので、これを合算した場合の結果を次に示します。

f:id:ystt:20091122182105j:image

この場合も強い相関関係にあることがわかります(相関係数は0.964)。なお、国立大学法人の収入は運営費交付金以外にも学費や場合によっては付属病院からの収入等があるのですが、収入のうち運営費交付金が占める割合はどの大学の場合も50%以上はあるので、実態との大きなずれはそれほど生じてないと思います。


まとめ

一般に、相関関係が成り立っているからといって、同時に因果関係も成立すると考えるのは間違いなのですが、多少強引に予算と成果の間に何らかの因果関係が成立していると仮定するなら、1. 予算に応じて成果が上がっている 2. 成果に応じて予算が配分されている といった可能性が考えられると思います。もっとも、教員一人あたりの論文数がそれほど変わらないのなら、おおむね予算が教員数に応じて配分されていることを考慮すると、今回のような結果もあたりまえだと言えるのですが。今後(?)は教員数という第3の変数を考慮した方がよさそうです。


おまけ:運営費交付金と科研費の関係

おまけとして2009年度の運営費交付金と科研費の関係を示しておきます。

f:id:ystt:20091122182106j:image

こちらは相関係数0.954となりました。運営費交付金は教員数に応じて割り当てられていることを考えると、科研費もおおむね大学の規模に応じて支給されているようです。


追記

はてなブックマークのコメントでid:mobanamaさんがご指摘のように、ここでに示した結果はすべて大学を単位にしています。また、id:mbrさんの言うように、プロジェクトごとでの比較を行っても面白いかもしれませんね。個人的には、海外の場合はどのような関係になっているのかが非常に気になります。


付録:使用したデータ

科研費

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/15/04/03042301.pdf

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/08/04081601/020.pdf

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/17/08/05083006/005.htm

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/10/06092713/019.htm

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/19/10/07103003/008.pdf

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2009/01/27/1221391_5.pdf

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2009/06/24/1279326_08_1.pdf

運営費交付金

http://www.zendaikyo.or.jp/siryou/2009/04-09-koufukin-itiran.pdf

論文

http://www.thomsonscientific.jp/news/press/esi2004/ranking.html

http://www.thomsonscientific.jp/news/press/esi2005/ranking.html

http://www.thomsonscientific.jp/news/press/esi2006/ranking.html

http://www.thomsonscientific.jp/news/press/esi2007/ranking.html

http://www.thomsonscientific.jp/news/press/esi2008/ranking.html

http://www.thomsonscientific.jp/news/press/esi2009/ranking.html

takytaky2009/11/24 01:56この分析、とても面白いです。
しかも(仮に因果関係があったとして)研究費と論文数は、比例にしかなっていないのですね。そこがさらに面白い。
ベキ乗やlogのオーダになってもいい気がしていたので。

ysttystt2009/11/25 08:39>id:takyさん

私も何らかの相関性はあるだろうなとは思っていたのですが、実際に調べてみてこれほど強い相関があることに驚きました。ちなみに本文には書いていませんが、医学部の有無が論文数に多少影響しているようで、医学部がない大学や、医学系以外の学部を持たない大学をのぞくと、相関係数はさらに大きくなります。

さらに詳しく調べてみると、色々と面白そうなことがわかりそうです。個人的には海外の場合はどうなっているのかが気になりますが。

2009-10-19

研究とお金の話

| 22:11 | 研究とお金の話 - Pauca sed matura (ysttの日記) を含むブックマーク はてなブックマーク - 研究とお金の話 - Pauca sed matura (ysttの日記) 研究とお金の話 - Pauca sed matura (ysttの日記) のブックマークコメント

テクノロジーを成功させるためには、広報よりもまず現実を優先すべきである。なぜなら自然を欺くことはできないからである。


―リチャード・ファンマン 『スペースシャトルチャレンジャー号」事故 少数派調査報告』


すでに各所で報じられていますが、概算要求見直しのあおりを受けて、科研費2種目(若手(S)と新学術領域研究)の公募停止と最先端研究支援の500億円減額(前回の減額とあわせて1200億円減額)が決まりました。

平成22年度科学研究費補助金の新規募集課題の公募停止について:文部科学省

平成22年度科学研究費補助金の新規募集課題の公募停止について-日本学術振興会

補正予算:最先端研究支援、1200億円減額される - 毎日jp(毎日新聞)

支給対象が少なくかつ高額ということでこの2つが見直しの対象になったのだと思いますが、特に科研費の方は締め切り間近だったこともあって、いろいろと影響を受けている人もいるんじゃないでしょうか。

今回の決定の是非をここであれこれ論じるつもりはないのですが、個人的には最先端研究支援のような大型の研究予算の運用については一度いろいろと見直す必要があるのでは、と思います。というのも、こういった大型予算は運用の段階になると、後述のように様々な問題が出てくることが多く、場合によっては予算獲得が自己目的化しているような例もあるためです。


「研究費」と一口にいっても実際には様々な形態のものがあるのですが、数千万円を超えるような大型予算を国から引っ張ってこようと思った場合、一般的に次のような手順を経る必要があります(あるそうです)。

  1. 政治力のある科学者が「この研究が必要です」と役所に陳情に行く
  2. それをもとに、役人が勉強して、資料をつくる(場合によっては研究者がつくる)
  3. 財務省に説明する
  4. 財務省がオッケーと言ったら予算化され、プロジェクトが実施できる

今日の朝日新聞朝刊の中村桂子さんの「私の視点」について

さて、このプロセスのどこに問題があるかというと、上記サイトでは「中立な専門家俯瞰的に判断するフェイズが存在しない」という点に問題があると指摘されています。公正な判断が下せる人間がいないとなると、政治的な力関係だけで物事が決まってしまいかねません。加えて、「日本においては予算を取ってくる段階ではそこそこにきちんとした検討を行っていると思うのだが、それを執行する段階以降については検討が非常に甘い」とも指摘されています。言い換えると、コストとアカウンタビリティの意識に低いということでしょうか。まあこういった問題点は研究に限った話ではなく、国のやる仕事全般に言えることかもしれませんが。

凄腕(?)の研究者になると、縦割り行政の隙間をうまく行き来していろんなところからお金を取ってくるらしいのですが、本来はこうした科学技術関連の行政は一元化した方が効率邸に運用できるのは明らかでしょう。ですが、再就職先を失いたくない役人や、それを見抜いた上で予算を獲得しようとする研究者など、関係者の利害が複雑に絡み合っていて、一元化はなかなか難しいようです。民主党は将来的に科学技術行政の一元化を目指しているようですが、はてさてうまくいくのでしょうか。

民主党:科学技術のフロントランナーを目指して(民主党科学技術政策)


研究者が(時にはその政治力を発揮して)予算を獲得するというのは非常に重要な仕事です。しかし予算獲得自体が自己目的化して、適切な運用に欠けてしまうようなことがあってはなりません。いうまでもないことですが、予算獲得はあくまで研究のための手段であって目的ではないのです。


参考

タンパク3000プロジェクトとB29の絨毯爆撃 - 日々是好日

「最先端研究助成」よりましな2700億円の使い方があるのでは  追記有り - 日々是好日

「最先端研究開発支援プログラム」あれこれと民主党への注文 - 日々是好日


2chの与太話

270 名前:Nanashi_et_al.[] 投稿日:2009/10/18(日) 10:58:20

研究者も自分さえよければいいという連中ばかりだからね。

アカデミックの世界全体の発展なんか全く頭にない。

以前、ある大御所のラボにいたんだが、科研の他にもJSTから

CRESTの研究費をもらってたり、NEDOからも金をもらっていた。

それで、年度末になっても数千万円残額があった。

どうみてもこんな金を使いきれるわけなく、研究の最終年度

だったので、教授に金を返還しましょうかと相談したら、

金が余ってるなんてラボ外では絶対に口外するなと、顔を

真っ赤にして怒鳴り付けられた。

それで、何としてでも金を使いきれと言われたので、学生や

秘書の分も含めてパソコンを全部買い換えたりした。

それでも大分余っていたから、日保ちする試薬を買いまくって

なんとか全額消化したよ。

おかげで、夏まではラボ前のの廊下に試薬が山積みになって

いた。

後でわかったんだけど、実は周りのラボでも同じようなことをやっていた。

地方の国立大は、光熱費すら払えないくらい、かつかつの

とこもあるみたいだが、帝大では金が余って余ってしょうが

ないというラボがかなり沢山あると思う。


学振・科研費総合スレ part 34


/.jの与太話

Re:科学(←にもコスト感覚をね) (スコア:1, 参考になる)

Anonymous Coward : Saturday October 17, @02:47PM (#1655661)

私のいる学内共同利用の施設では、ここ数年来、全く稼働していない

大型装置がゴロゴロしています。これらは、エライ教授の先生たちの持ち物で

何千万円もするはずですが、大して使いもしなかったようで、妙に、新し

かったりします。エライ先生は、存在すら忘れ去っているので、維持管理

もされてません。そして、装置の周囲には、まるで、夜逃げでもしたかの

ように、かつてのポスドクたちが作った作りかけのサンプルや怪しい薬品が

何年も前から散らかっていて、誰も手をつけられません。

もう使わないのなら、廃棄するなり、使いたい人に譲渡して有効利用して

もらえばいいのに、それでも、エライ先生たちは、この装置は使うんです

使う予定なんです、動かすことは一切まかりならん!といって、施設を

自分の倉庫代わりにしています。最近も、また大型の予算をとってきて

別の場所で同じようなことをしているようです。

まさに口先三寸、予算獲得と場所取りと成果を出したふりをするのだけは

上手ですが、税金を有効利用しようという姿勢は、まるで感じませんね。


来年度科研費、二種目の新規募集課題の公募を停止 - スラッシュドット・ジャパン

2009-08-19

多産な学者たち

| 16:45 | 多産な学者たち - Pauca sed matura (ysttの日記) を含むブックマーク はてなブックマーク - 多産な学者たち - Pauca sed matura (ysttの日記) 多産な学者たち - Pauca sed matura (ysttの日記) のブックマークコメント

世の中にはなんとまあ多産な学者がいるもので、その業績の多さには驚かされます。

名前業績その他
オイラー論文886、著書多数全集が刊行中(1911年~)、全89巻、91冊(の予定)
エルデシュ論文1475多くは共著、共同研究者は509人
コーシー論文789-
ケイリー論文約650本業は弁護士

上記の論文数は資料によってばらつきがり、正確な数字ではないのですが、それにしてもとんでもない業績……。

当時とは業績発表の手段や論文の扱いが違うので、数字を単純に比較することにあまり意味はないのですが、彼らの研究に対する情熱は見習いたいですね。


数学をつくった人びと 3 (ハヤカワ文庫 NF285)

数学をつくった人びと 3 (ハヤカワ文庫 NF285)

放浪の天才数学者エルデシュ

放浪の天才数学者エルデシュ

2009-08-06

博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである

| 10:02 | 博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである - Pauca sed matura (ysttの日記) を含むブックマーク はてなブックマーク - 博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである - Pauca sed matura (ysttの日記) 博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである - Pauca sed matura (ysttの日記) のブックマークコメント

あなた方は博士と云うと諸事万端人間いっさい天地宇宙の事を皆知っているように思うかも知れないが全くその反対で、実は不具の不具の最も不具な発達を遂げたものが博士になるのです。それだから私は博士を断りました。しかしあなた方は——手を叩(たた)いたって駄目です。現に博士という名にごまかされているのだから駄目です。例えば明石(あかし)なら明石に医学博士が開業する、片方に医学士があるとする。そうすると医学博士の方へ行くでしょう。いくら手を叩いたって仕方がない、ごまかされるのです。内情を御話すれば博士の研究の多くは針の先きで井戸を掘るような仕事をするのです。深いことは深い。掘抜きだから深いことは深いが、いかんせん面積が非常に狭い。それを世間ではすべての方面に深い研究を積んだもの、全体の知識が万遍なく行き渡っていると誤解して信用をおきすぎるのです。現に博士論文と云うのを見ると存外細かな題目を捕えて、自分以外には興味もなければ知識もないような事項を穿鑿(せんさく)しているのが大分あるらしく思われます。ところが世間に向ってはただ医学博士、文学博士、法学博士として通っているからあたかも総(すべ)ての知識をもっているかのように解釈される。あれは文部省が悪いのかも知れない。虎列剌(コレラ)病博士とか腸窒扶斯(ちょうチフス)博士とか赤痢(せきり)博士とかもっと判然と領分を明らかにした方が善くはないかと思う。肺病患者が赤痢論文を出して博士になった医者の所へ行ったって差支(さしつかえ)はないが、その人に博士たる名誉を与えたのは肺病とは没交渉の赤痢であって見れば、単に博士の名で肺病を担(かつ)ぎ込んでは勘違(かんちがい)になるかも知れない。


夏目漱石道楽と職業

どうもはじめまして。日々、針の先で井戸を掘る作業をしているid:ysttです。うそです。ホントは光を使ったデバイスストレージの研究をしています。いわゆる光工学という分野なのですが、これについてはまた別のエントリーで。

さて、冒頭の「道楽と職業」ですが、「針の先で井戸を掘る」とは漱石先生はなかなか皮肉の効いたことを言ってくれますね。とはいえ、研究の現場はここで言われているようなものに近く、むしろ「何でも屋」は研究者として二流扱いされかねません。博士というのは専門家スペシャリスト)であることが求められるので、当たり前といえば当たり前なのですが。実際、法律にも次のようにあります。

大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与することを目的とする(学校教育法第99条第1項)。

(強調は引用者)

というわけで「深奥をきわめ」るために、今日もせっせと井戸を掘り進めています。それではみなさんよろしくお願いします。