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2010-05-11

博士は「ハカセ」? それとも「ハクシ」?

| 20:26 | 博士は「ハカセ」? それとも「ハクシ」? - Pauca sed matura (ysttの日記) を含むブックマーク はてなブックマーク - 博士は「ハカセ」? それとも「ハクシ」? - Pauca sed matura (ysttの日記) 博士は「ハカセ」? それとも「ハクシ」? - Pauca sed matura (ysttの日記) のブックマークコメント

というわけで「博士」の読み方なのですが、どうやら結構気になる人がいるみたいで、Googleに「はかせ はくし」と入力して検索してみると、質問サイトでのやりとりがいくつか引っかかります。

で、結論から言うと、学位の「博士」は「ハクシ」で、そうでない「博士」(?)は「ハカセ」と呼ぶようです(ちょっと乱暴な分類かもしれませんが)。

「博士」を「ハクシ」と呼ぶようになったのは1887年(明治20年)に学位令が出されてからで、このとき設けられた法学、医学、工学、文学、理学、5つの博士を「ハクシ」と呼んだのが始まりのようです。

じゃあ博士(ハカセ)は何だというと、これは明治より前の官職にあった「陰陽博士」や「天文博士」、「文章博士」などの「博士」が「ハカセ」という呼称だったようです。


明治生まれの数学者である高木貞治のエッセイになかなか興味深いことが書いてありました。

 ついでながら,明治19年の改革に関連して,学位令が発布されて,法医工文理の5科5人ずつの博士ができたが,それでは治まらなかったと見えて,1ヶ月ほどの後に,さらに5人ずつ,結局全部で50人の博士が出来た.なお,学科別なしの大博士というものが制度上にはあったけれども,これにはなった人がなくて終わった.谷中墓地に大博士佐藤何がしの大きな碑がある(あるいは,あった)が,あれは明治初年のもので,むしろ昔の文章博士,天文博士の系統を引いたものであろう.

 文章博士・天文博士などとの混同を嫌って,学位令の博士はハクシと訓ませたのである.しかし西洋帰りのハクシが持って帰ったM. A.やDr.もその前身をファウスト時代までさかのぼれば、文章・天文の博士とあまり変わらなかったのだから,些細な差別には頓着しないで,博士はやっぱりハカセという大衆がむしろ賢明であるまいか.


「明治の先生がた」(『数学の自由性 (ちくま学芸文庫)』 pp. 295-296)

うーん、なるほど。そういえば近代科学の創始者ニュートンは「最後の錬金術師」(by ケインズ)なんて呼ばれてましたね。

2009-09-06

よりどりみどりの博士号

| 09:51 | よりどりみどりの博士号 - Pauca sed matura (ysttの日記) を含むブックマーク はてなブックマーク - よりどりみどりの博士号 - Pauca sed matura (ysttの日記) よりどりみどりの博士号 - Pauca sed matura (ysttの日記) のブックマークコメント

先日のエントリーで引用した夏目漱石の『職業と道楽』に次のような一節がありました。

虎列剌(コレラ)病博士とか腸窒扶斯(ちょうチフス)博士とか赤痢(せきり)博士とかもっと判然と領分を明らかにした方が善くはないかと思う。

この冗談とも本気ともつかない提言(?)ですが、周知の通り1991年の学位規則改正で現実のものとなってしまいました。

具体的にはWikipediaによれば、現時点で理工系61種、人文社会学系94種、医歯薬学・保健体育・農学系40種、教育・家政・芸術・学術系36種の合計231種類もの博士号が存在するようです。学位規則によると、専攻分野は大学により定められるので、今後さらに種類が増える可能性大です。

これはこれでわかりやすいのですが、ここまで増えると逆に細分化されすぎの感も否めないですね。何事も「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」ということでしょうか。

個人的には現在の「博士(hoge)」表記よりも、以前の「hoge博士」表記の方が格好がいいなあと思うのですが。(´・ω・`)

2009-08-06

博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである

| 10:02 | 博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである - Pauca sed matura (ysttの日記) を含むブックマーク はてなブックマーク - 博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである - Pauca sed matura (ysttの日記) 博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである - Pauca sed matura (ysttの日記) のブックマークコメント

あなた方は博士と云うと諸事万端人間いっさい天地宇宙の事を皆知っているように思うかも知れないが全くその反対で、実は不具の不具の最も不具な発達を遂げたものが博士になるのです。それだから私は博士を断りました。しかしあなた方は——手を叩(たた)いたって駄目です。現に博士という名にごまかされているのだから駄目です。例えば明石(あかし)なら明石に医学博士が開業する、片方に医学士があるとする。そうすると医学博士の方へ行くでしょう。いくら手を叩いたって仕方がない、ごまかされるのです。内情を御話すれば博士の研究の多くは針の先きで井戸を掘るような仕事をするのです。深いことは深い。掘抜きだから深いことは深いが、いかんせん面積が非常に狭い。それを世間ではすべての方面に深い研究を積んだもの、全体の知識が万遍なく行き渡っていると誤解して信用をおきすぎるのです。現に博士論文と云うのを見ると存外細かな題目を捕えて、自分以外には興味もなければ知識もないような事項を穿鑿(せんさく)しているのが大分あるらしく思われます。ところが世間に向ってはただ医学博士、文学博士、法学博士として通っているからあたかも総(すべ)ての知識をもっているかのように解釈される。あれは文部省が悪いのかも知れない。虎列剌(コレラ)病博士とか腸窒扶斯(ちょうチフス)博士とか赤痢(せきり)博士とかもっと判然と領分を明らかにした方が善くはないかと思う。肺病患者が赤痢論文を出して博士になった医者の所へ行ったって差支(さしつかえ)はないが、その人に博士たる名誉を与えたのは肺病とは没交渉の赤痢であって見れば、単に博士の名で肺病を担(かつ)ぎ込んでは勘違(かんちがい)になるかも知れない。


夏目漱石道楽と職業

どうもはじめまして。日々、針の先で井戸を掘る作業をしているid:ysttです。うそです。ホントは光を使ったデバイスストレージの研究をしています。いわゆる光工学という分野なのですが、これについてはまた別のエントリーで。

さて、冒頭の「道楽と職業」ですが、「針の先で井戸を掘る」とは漱石先生はなかなか皮肉の効いたことを言ってくれますね。とはいえ、研究の現場はここで言われているようなものに近く、むしろ「何でも屋」は研究者として二流扱いされかねません。博士というのは専門家スペシャリスト)であることが求められるので、当たり前といえば当たり前なのですが。実際、法律にも次のようにあります。

大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与することを目的とする(学校教育法第99条第1項)。

(強調は引用者)

というわけで「深奥をきわめ」るために、今日もせっせと井戸を掘り進めています。それではみなさんよろしくお願いします。