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Pauca sed matura (ysttの日記) このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-08-19

多産な学者たち

| 16:45 | 多産な学者たち - Pauca sed matura (ysttの日記) を含むブックマーク はてなブックマーク - 多産な学者たち - Pauca sed matura (ysttの日記) 多産な学者たち - Pauca sed matura (ysttの日記) のブックマークコメント

世の中にはなんとまあ多産な学者がいるもので、その業績の多さには驚かされます。

名前業績その他
オイラー論文886、著書多数全集が刊行中(1911年~)、全89巻、91冊(の予定)
エルデシュ論文1475多くは共著、共同研究者は509人
コーシー論文789-
ケイリー論文約650本業は弁護士

上記の論文数は資料によってばらつきがり、正確な数字ではないのですが、それにしてもとんでもない業績……。

当時とは業績発表の手段や論文の扱いが違うので、数字を単純に比較することにあまり意味はないのですが、彼らの研究に対する情熱は見習いたいですね。


数学をつくった人びと 3 (ハヤカワ文庫 NF285)

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放浪の天才数学者エルデシュ

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2009-08-06

博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである

| 10:02 | 博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである - Pauca sed matura (ysttの日記) を含むブックマーク はてなブックマーク - 博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである - Pauca sed matura (ysttの日記) 博士の仕事とは針の先で井戸を掘ることである - Pauca sed matura (ysttの日記) のブックマークコメント

あなた方は博士と云うと諸事万端人間いっさい天地宇宙の事を皆知っているように思うかも知れないが全くその反対で、実は不具の不具の最も不具な発達を遂げたものが博士になるのです。それだから私は博士を断りました。しかしあなた方は——手を叩(たた)いたって駄目です。現に博士という名にごまかされているのだから駄目です。例えば明石(あかし)なら明石に医学博士が開業する、片方に医学士があるとする。そうすると医学博士の方へ行くでしょう。いくら手を叩いたって仕方がない、ごまかされるのです。内情を御話すれば博士の研究の多くは針の先きで井戸を掘るような仕事をするのです。深いことは深い。掘抜きだから深いことは深いが、いかんせん面積が非常に狭い。それを世間ではすべての方面に深い研究を積んだもの、全体の知識が万遍なく行き渡っていると誤解して信用をおきすぎるのです。現に博士論文と云うのを見ると存外細かな題目を捕えて、自分以外には興味もなければ知識もないような事項を穿鑿(せんさく)しているのが大分あるらしく思われます。ところが世間に向ってはただ医学博士、文学博士、法学博士として通っているからあたかも総(すべ)ての知識をもっているかのように解釈される。あれは文部省が悪いのかも知れない。虎列剌(コレラ)病博士とか腸窒扶斯(ちょうチフス)博士とか赤痢(せきり)博士とかもっと判然と領分を明らかにした方が善くはないかと思う。肺病患者が赤痢論文を出して博士になった医者の所へ行ったって差支(さしつかえ)はないが、その人に博士たる名誉を与えたのは肺病とは没交渉の赤痢であって見れば、単に博士の名で肺病を担(かつ)ぎ込んでは勘違(かんちがい)になるかも知れない。


夏目漱石道楽と職業

どうもはじめまして。日々、針の先で井戸を掘る作業をしているid:ysttです。うそです。ホントは光を使ったデバイスストレージの研究をしています。いわゆる光工学という分野なのですが、これについてはまた別のエントリーで。

さて、冒頭の「道楽と職業」ですが、「針の先で井戸を掘る」とは漱石先生はなかなか皮肉の効いたことを言ってくれますね。とはいえ、研究の現場はここで言われているようなものに近く、むしろ「何でも屋」は研究者として二流扱いされかねません。博士というのは専門家スペシャリスト)であることが求められるので、当たり前といえば当たり前なのですが。実際、法律にも次のようにあります。

大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与することを目的とする(学校教育法第99条第1項)。

(強調は引用者)

というわけで「深奥をきわめ」るために、今日もせっせと井戸を掘り進めています。それではみなさんよろしくお願いします。